hot dog
いやいやいや、だから10年くらい前からLessig教授はそういう世の中になるんだから気をつけないとダメだよ、と訴え続けているわけで。だからこそのアーキテクチャ論なわけだし。PC世代が老いるのを待つ必要なんてどこにもないので30年もかからない。もしかしたらあと5年もすればそういう世の中になります。技術的な実装方法なんてどうでもよくて、著作権問題は要するに法律論の話なんです。
(via pdl2h)
上述の文章は勢いだけで書いたので意味不明なところが多いはず、なので解説します。自分が著作権関連の話題にコミットしてたのは2001年から2004年あたりまでなので、その当時の知識のままです。creativecommons.orgのBlogも最近はきちんと追いかけていないので状況変わってるとは思いますが、一応メモ。
Lessig教授が1999年に世に問うた”Code: And Other Laws of Cyberspace”には、今では有名になってしまったアーキテクチャという言葉が出てきます。では、東氏や濱野氏が好んで用いるアーキテクチャとは一体どういう言葉として使われたのか。
Lessig教授のインターネットにおける法規制の考え方は、Journal of Legal Studiesの1998年6月号に掲載された”The New Chicago School”という論文がベースになっています。論文はPDFファイルで入手可能です。インターネットにおける法律論を語る上で外せないはずの論文なのですが、邦訳はまだ出ていないようです。
http://www.lessig.org/content/articles/works/LessigNewchicschool.pdf
“The New Chicago School”は訳すと「新シカゴ学派」です。ちなみに経済学におけるシカゴ学派とは全く別のものです。Lessig教授はこの論文で規制の在り方が変容してきていることを論じます。
Lessig教授は制約条件(constraints)は4つあると指摘します(p664)。
1. 法律(Law)
2. 市場(Market)
3. 規範(Norm)
4. アーキテクチャ(Architecture)
細かい内容は割愛して、旧シカゴ学派と新シカゴ学派の違いを書くと
と書いても何のことだかわかりにくいので図で説明。
旧シカゴ学派は中央の◎(規制対象となる主体)にこうやって規制をかけると考えます。

新シカゴ学派は中央の◎(規制対象となる主体)にこうやって規制をかけると考えます。
で、Lessig教授は、「法律が他の3つに介入して間接的に主体に対して規制をかけるようになってしまうから、私たちは法律の作られかたに対してもっと敏感であるべきですよ」と”Code: And Other Laws of Cyberspace”で論じることになります。だから”Code: And Other Laws of Cyberspace”は著作権やインターネットについて語る本であると同時に、民主主義の在り方を論じる本でもあったのです。
ここまで読むと、「あれ、Lessig教授って著作権法やインターネット法律論の専門家じゃなかったの?」と疑問に思う人もいると思います。Lessig教授は、実は最初から著作権法を専門に扱っていたわけでも、インターネットが主な活動領域でもありませんでした。彼の専門は憲法学です。では何故、彼がインターネットにおける著作権法について語る書籍を何冊も出版したのか。それは、インターネットにおいては著作権法が憲法のような扱いになるからでした。表現の自由はその表現が流通することで実現しますが、インターネット上では著作権法の在り方によってその自由が制限されるからです(では、インターネット上ではどのような自由であっても許されるべきなのか、はまた別の問題で、これはSunsteinという人が”Republic.com”という本で取り扱っています)。
で、最初の問題意識のところに戻ります。
Tristan_Tristanさんは「複製権制御」から「アクセス制御」へシフト、という話をしていました。印刷技術による情報流通の世の中から、インターネットが情報流通の主流となる世の中に変わると、「アクセス制御」による情報管理ができるようになる、と。確かにそれはその通りだと思いますが、こと著作権法の観点からみた場合、そして先に図説した新シカゴ学派の考え方に則った場合、技術的な制約条件のありかた(アーキテクチャ)は法律の在り方によってどのようにでも変換することが可能となります。つまり技術的な制約条件がどうであるか、はとどのつまりどうでも良いのです。
私が「技術的な実装方法なんてどうでもよくて、著作権問題は要するに法律論の話なんです」と書いたのは、そういう意味があってのことでした。
(via pdl2h)
466:
本当にあった怖い名無し:2009/08/28(金) 22:38:44 ID:+CkoJaE40
ずっと昔に高学年子供向けの全集で読んだ話。
とある部族がいて、住んでいた土地が災害とか他部族の攻撃とかで
だんだん住みにくくなってしまってきていた。
そこで一人の若者が立ち上がり、新しい土地へ移住しよう、と周囲に説得を始める。
彼に説得され、やがて部族は若者を先頭に新しい移住先を求めて辛い旅を始める。
挿絵があったのかもしれないけど、服のイメージは古代ギリシャ風で
男も巻き布のスカートにサンダルみたいな格好で覚えている。
初めは希望を持って旅に出た部族だけど、あまりにも新天地は見つからず
仲間も死んで減っていく。その過酷な旅に、だんだん言い出しっぺの若者に
非難が集まりだしていく。
ついに若者が囲まれて危険な状態になった時、彼はナイフで自分の胸を切り裂き
そこから心臓を取り出した。心臓は炎に包まれて赤々と燃えている。
それを見て、部族の人々は彼にひれ伏し、また旅を始める。
若者は燃える心臓を高々と掲げて先頭を歩き、人々はその炎をみつめて
その後を従うようについていく。
炎が小さくなってきた頃、部族はやっと探し求めていた新天地と呼べる土地に辿り着いた。
豊かな大地が広がる夢のような場所に、人々は疲れも忘れて我先に駆け出していく。
人々の笑い声とお祭りのような騒ぎを見ながら、若者はゆっくりと倒れていく。
そして、一人の男が倒れている若者と、その側にもう炎の消えかけている心臓を見つけ
無言でその心臓を靴で踏みにじって最後の炎を消した。
そして人々と共に新天地へ行ってしまった。
誰ももう若者のことは思い出さなかった。
30年近く前に読んだのに未だに後味悪く覚えている…orz